57番 もののあはれの原点 紫式部 めぐり逢ひて

さて、ついに来ました紫式部! 私のリタイア生活に「光」をもたらしてくれた大恩人、ちょっと緊張してます。できるだけ淡々と書きたいのですがどうなることやら。是非コメント欄で突っこんでください。

57.めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな

訳詩:    幾年ぶりにめぐり逢って
       ああ あの面輪はあの方では・・・
       なつかしさに胸おどらせる私をおいて
       はやばやと雲の中に隠れてしまった
       夜半の月 童友だち

作者:紫式部 970-1014くらいか 父は藤原為時 中宮彰子の女房の一人
出典:新古今集 雑上1499
詞書:「早くより童友達に侍りける人の、年ごろ経て行きあひたる、ほのかにて、七月十日のころ、月にきほひてかへり侍りければ」

①父藤原為時 正五位下 越前守 
 母藤原為信女(為信の出自はよく分からないが従五位上越後守とあった)
 →何れにせよ典型的な受領階級の娘であったということ。
 →父為時は政界ではうだつがあがらなかったが歌人、漢学者としては著名だった。

 父の祖先を遡れば、
 父(為時)の父(雅正)の父が27藤原兼輔
 父(為時)の母(定方の娘)の父が25藤原定方
 →25番歌、27番歌の所でひとしきり論じた通りです。

・紫式部略年譜
 970ころ 出生 同母の姉&弟惟規(兄との説も)あり
      幼少より和漢の学に秀でる
 996   父為時越前守へ 式部も父に同道して越前武生へ(2~3年間)
 998   帰京、相当年上の藤原宣考と結婚、3年後宣考死亡(疫病)
 1006   中宮彰子に出仕
 1008  源氏物語 若紫流布 (55公任とのこと)
 1010  彰子に皇子誕生 → 紫式部日記
 1014ころ 没(諸説あり)

・幼少より漢文を読みこなし父に「この子が男だったら」と嘆かせた話は有名
 →いや、女性だからこそあの源氏物語が書けたのです。男には絶対書けません。

・29才でやっと結婚したが夫宣孝は3年も経たず死亡、娘賢子をかかえた寡婦となる。
 →以後再婚もせず源氏物語に女の一生を尽す。
 →恋の経験もさほどないのに頭の中であれだけの恋物語を展開した。すごい!!

・中宮彰子に出仕 女房というより彰子の家庭教師役だろうか。
 →サロンの文藝顧問みたいな役割もあったのだろう。「彰子サロンに紫あり!」

 紫式部日記より
  内裏の上の源氏の物語人に読ませたまひつつ聞こしめしけるに この人は日本紀をこそよみたまへけれまことに才あるべし とのたまはせけるをふと推しはかりに いみじうなむさえかある と殿上人などに言ひ散らして日本紀の御局ぞつけたりけるいとをかしくぞはべるものなりけり

 →男でさえ学問は専門家に任せておけばいいとの考え方だった当時。女が学問するなんて正気の沙汰とは思われなかったのであろう。

②歌人、日記作者としての紫式部
・後拾遺集3首、千載集9首、新古今集14首 勅撰集約60首
 →藤原俊成が高く評価したことが覗える。源氏作者、源氏物語和歌を評価したのであろう。

・父為時は後拾遺集3首他勅撰集に4首 弟惟規は後拾遺集以下勅撰集に5首
 →これってすごい。ぼんくら呼ばわりされた惟規だって勅撰歌人ですぞ!
 (42番歌の所で惟規が元輔に「契りきな」の歌を代作してもらったなどと茶化しましたが、とんでもない暴論だったのかも)

・紫式部集 126首 詞書がけっこうあり紫式部の生き様が一見できる。
 57番歌が冒頭歌である。

・紫式部日記 
 中宮彰子に出仕していた1008年秋から1010年正月までの日々の記録+評論・随想
 二つの面を持つ。主家(道長&中宮彰子)の公の記録と私の(プライベートな)述懐
 前者は主家賛美の女房日記で、後者は憂苦の私的心情の吐露
 →清少納言のこき下ろしなど、紫式部の人物性格を考えるのに絶好の材料となっている。

・紫式部の和歌、少し並べてみました。
  み吉野は春のけしきにかすめどもむすぼほれたる雪の下草(後拾遺集)
  世の中を何なげかまし山桜花見るほどの心なりせば(後拾遺集)
  珍しき光さしそふさかづきはもちながらこそ千世もめぐらめ(後拾遺集)
  →敦成親王誕生の七夜、主家の盛儀を寿きて
  おほかたの秋のあはれを思ひやれ月に心はあくがれぬとも(千載集)

③57番歌 めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな
・詞書があって昔の女友だちとの束の間の再会、すぐの別れを惜しんだ歌と分かる。
 紫式部集冒頭の歌。詞書も同じ。
 →娘時代、すごく仲よく過ごした大事な友だちがいたのだろう。物語をいっしょに読み合ったり、歌を交したり、文芸サークルの仲間だったのかも。こういう友だちがいて文芸センスが磨かれていったのかも。

・「逢ふ」「見る」「雲隠れ」
 詞書がなければすぐ帰ってしまった男への恨み節ともとれようが、紫式部はそんな哀れっぽい歌など詠まない(でしょうよ)。

 →「雲隠れ」と言うと源氏物語「雲隠」巻(巻名だけあって本文がなく光源氏の死を暗示した巻と言われる)を想起するがこの歌は直接は関係なさそう。

・所載の新古今集も紫式部集も下五は 「月かげ」となっている。
 「月かな」「月かげ」どちらがいいか。意見は分かれるが新古今集からとったのなら「月かげ」とするべきではなかろうか。勝手に変えるのはどうでしょうかね。
 →私はずっと「月かな」で親しんでるので今さら「月かげ」と言われると違和感ありですが。

・53道綱母、54儀同三司母、56和泉式部とコテコテの女性艶歌に続いて女友だちとの57番歌はやや影が薄い。
 →紫式部の歌人として評価はちょっと落ちるのだろうから仕方ないか。
 
・「むすめふさほせ」だし、紫式部と言うことでカルタでは人気札でしょう。

④源氏物語との関連
 紫式部、歌人としての評価は和泉式部などと比べると落ちるようですが、爺は何と言われようと源氏物語全795首を登場人物になりきり一人で詠いあげた紫式部を尊敬しているのであります。

 私が選んだ歌(インパクトを受けた歌5首+2)を「源氏物語 道しるべ」(2014.11.24)から再掲させていただきます。長くなってごめんなさい。

インパクトを受けた歌 5首
見てもまたあふよまれなる夢の中にやがてまぎるるわが身ともがな(源氏@若紫)
 →若紫でいきなりこの禁断の契りの場面が出てきたのにはびっくりしました。私のテキストには「こんなことってあっていいのか、病人だぜ!」と書いてありました。

なげきわび空に乱るるわが魂を結びとどめよしたがひのつま(物の怪@葵)
 →源氏の正妻でありながら源氏と心を通じ合えることなく六条御息所の生霊に憑りつかれ死んでしまう葵の上が哀れです。現実にもこんな夫婦関係あるのだろうなと思いました。

こほりとぢ石間の水はゆきなやみそらすむ月のかげぞながるる(紫の上@朝顔)
 →紫の上の哀しい歌。源氏が一番愛したのは紫の上だと思いますが一番甘えたのも紫の上でしょう。女君のことをベラベラ喋られても困りますよね。「こほりとぢ」に紫の上の絶望感を感じます。

起きてゆく空も知られぬあけぐれにいづくの露のかかる袖なり(柏木@若菜下)
 →第二部はやはり柏木と女三の宮の密通でしょう。源氏と藤壷の密通はあっさり書かれていますがこちらは詳細に書かれています。私の投稿でも「この26段はいつ読んでもすごい、汗が出てきます」となっています。密通をしたが上まで上り詰めた源氏、密通をしたがために死んでしまった柏木。でも柏木の密通で苦しめられた(倉本先生の罰か)のは結局源氏だった。。すごい構図だと思います。

おぼつかな誰に問はましいかにしてはじめもはても知らぬわが身ぞ(薫@匂兵部卿)
 →宇治十帖は結局この歌が原点なのだと思います。第二部であれだけ書きこんだ密通事件の落とし子を主人公にしない手はありませんものね。匂宮と浮舟だけではとても宇治十帖にはならなかったでしょう。

番外
草わかみひたちの浦のいかが崎いかであひ見んたごの浦波(近江の君@常夏)
 →私は人物談義で近江の君はゴメンだと書きましたがこの歌は大好きです。源氏物語に色合いを加える登場人物としてはこの人が一番でしょう。だって忘れられませんものね。

女郎花しをるる野辺をいづことてひと夜ばかりの宿をかりけむ(一条御息所@夕霧)
 →劇的な行き違いをもたらした歌。私はこの歌一首で夕霧物語が語れると思っています。

松風有情さんに57番歌絵をいただきました。
http://100.kuri3.net/wp-content/uploads/2016/03/KIMG0265.jpg

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57番 もののあはれの原点 紫式部 めぐり逢ひて への23件のフィードバック

  1. 松風有情 のコメント:

    http://100.kuri3.net/wp-content/uploads/2016/03/KIMG0265.jpg

    遂に我らがマドンナ?紫式部です。
    因みに日本原産の植物ムラサキシキブは、その実が盛りとなる頃11月19日が誕生日の花で花言葉は『聡明』とか。
    琵琶湖に映る石山寺観月図の紫式部は有名ですが、真似も出来ませんし紙面上の制約もあり、今回どのアングルから描くかかなり迷いました。
    年末のTV ドラマでは中谷美紀が演じていましたのでイメージを膨らませていきました。しかしその後確か趣味ドキッの番組で、さほどの美人ではなかったと紹介されてがっかり。
    それでも黒木華又は蒼井優くらいならまだイメージに合うかもと勝手な想像をしてしまいました。
    正面から?はたまた斜めから?などあれこれ試行錯誤した揚げ句、結局矢吹健の歌詞を思い出しながら後姿の紫式部にしてみました。
    皆さんのイメージを壊さない為にも、、、

    ♪あああぁ~
    うしろ姿は他人でも
    夕べのあなたは
    あたしの あたしの
    あたしの~もの♪

    川柳は

    パープルに 
    惹かれしピープル
    ペンを取り、、、
    、、、、ポン♪

    • 百々爺 のコメント:

      いやあ、作画、楽しんでおられますねぇ。

      紫式部はけっこうイメージが固まってるので却って難しかったのかもしれませんね。でもうしろ姿、なかなかいいですよ。黒髪がちょっと乱れて(寝乱れてじゃなく書き乱れでしょうか)、作家紫式部の生活感が出ています。

      そして矢吹健ですか。「あなたのブルース」と「うしろ姿」。ちょっと生活に荒れていた学生時代を思い出すほろ苦い歌です。前回「うしろ姿」あまりうまく歌えなかったので勉強して次回挑戦します。

  2. 小町姐 のコメント:

    さあ我らが尊敬、崇拝する希代の天才、紫式部の登場です。
    この歌の相手である「わらは友達」は誰であろうか?
    学者の家系からでた才媛は紆余曲折を経て花開き時代の寵児となる。
    海外にまで評価された世界最古の小説「源氏氏物語」の作者。
    一体その本質に何処まで迫ることができるであろうか。
    男にもまさる怜悧冷徹さ、鋭い観察眼の式部にも女性特有の懊悩、焦燥はあったとみえる。
    夫を早く亡くしその後中宮彰子に出仕、立派に子どもを(大弐三位)育て自立したキャリアウーマンである。
    しかしその性格性(内省的、神経質、思索好き 非社交的)は複雑極まり強烈な自意識個性の持ち主、この時代のどの女性歌人よりも奥深く本質が見えにくい。
    生一本で学問好きは性格上、父為時の影響を少なからず受けたのであろう。
    早くに母を亡くし父は後妻を迎え姉も早逝、不遇のさびしい少女時代、思索を重ねる中で自然と性格は暗く内に向かったのであろうか?
    ちょっとやそっとでは理解できないほどの人格の持ち主である。
    しかしこの歌からもわかるように童友達や女の友人には恵まれていたようである。
    先の和泉式部のような熱烈な恋歌は見られないし恋愛沙汰や浮いた噂も聞かない。
    さらに恋の贈答歌もあまりないように思う。
    女房時代の見聞きが源氏物語に投影されている部分は随分多い。
    紫式部は物語上(源氏物語)で自ら架空の恋をしていたのだろうか?
    壮大な長編小説を書くエネルギー、類まれな才能、想像力、物語の構成力、どれをとっても較べるものがない。
    まさにこういう人を真の天才と言うのではないだろうか。
    しかし「紫式部日記」を読むと結構意外な面も発見できるのである。
    この日記は倉本一宏氏によれば「記録的部分」「随想的部分」「消息的部分」の三つの構成からなるという。
    その消息的部分には朋輩女房(和泉式部、赤染衛門、清少納言等)たちの容姿や性格の批判にまで筆が及び、女性ならではの辛辣な言葉が並ぶのはその意外性が面白いところである。
    紫式部にして皮肉で女の意地悪な眼で見ているのかと思うとチョッピリ恐い女にも思える。
    まあ、こういう多面性があの長編小説「源氏物語」を書くに当たり必要不可欠であったろうことも想像できる。
    源氏物語の制作、流布を後押ししたのが道長、評判の物語を書き継ぎ長編として完成させるために料紙、墨、書写の人手まで差配したという。
    紫式部日記からは道長の愛人説さえ存在する。小説散華でもそのような場面、無きしもあらず・・・
    しかし彼女の性格から察するに誘惑はあっただろうが応じなかったのではなかろうか?
    道長との贈答歌
       すきものと名にし立てれば見る人の折らで過ぐるはあらじとぞ思ふ
       人にまだ折られぬものをたれかこのすきものぞとは口ならしけむ

    倉本氏はこれらの贈答歌を別に深い意味はなく儀礼的な挨拶程度の戯れ歌であろう・・・と。
    その後に「めざましう」という語が続くのも本気で怒っているわけではなく古来から道長と紫式部が情を通じる機会があったかどうか、源氏物語の「空蝉」の造形は道長がモデルとか歴史学者から見れば笑止千万と喝破されている。
    この点も皆さまの見解をお聞きしたい。
    以上が「源氏物語道しるべ」のブログから学んだ大まか私の紫式部像です。
    まだまだ本質は奥深いものがありそうで皆さまのコメントを楽しみにしたい。

    源氏物語の数多くの和歌をもう一度読み直して好きな和歌を選んでみたいと思います。
    又後ほどに・・・

    松風有情さん
    57番歌の絵、ありがとうございます。
    後ろ姿の紫式部には経机?が似合いますね。
    ムラサキシキブの花が慎ましく添えられているのも素敵です。

    • 百々爺 のコメント:

      いつにも増しての熱いメッセージ、ありがとうございます。

      ・源氏物語講読会をやり始めたのが09年正月ですから7年前、講読会では百合局さんに先導してもらい源氏物語にのめり込みました。そして12年~14年の2年半に亘る「源氏物語 道しるべ」では小町姐さんに長道中をフルにご一緒いただきました。小町姐さんの毎日のコメントなかりせば「道しるべ」どころか多分迷走していただろうと思っています。
       →紫式部・百合局・小町姐、恩人であります。

      ・源氏物語蛍の巻に紫式部が光源氏の口を借りて物語論(真実は歴史書なんかより物語の中にこそある)を展開するところがありますね。紫式部の人物は正に源氏物語の中に全て投影されていると思っていいのじゃないでしょうか。空蝉・六条御息所・明石の君(葵の上もそうかも)には自らの地の部分を反映させ、紫の上に理想の女性像を求め、ちょっと自分には無理だが憧れのキャラとして朧月夜や夕顔に想いを託した。

       →紫式部の本質は源氏物語の中に全て散りばめられている。そう思います。

      ・道長と紫式部、間違いなく源氏物語プロジェクトチームの同志であります。コトがあったのかなかったのか、遡って二人にインタビューしても二人とも「源氏物語に忙しくてよく憶えてないのです」と答えるのじゃないでしょうか。

  3. 百合局 のコメント:

    紫式部に関しては以前「源氏物語道しるべ」において、いろいろ述べ合ったので、私は「源氏物語」のなかから謡曲に使われた和歌・詞章について書きます。
    「源氏物語」を題材とする謡曲は10曲あります。
    夕顔、葵上、野宮、玉鬘、浮舟、源氏供養、半蔀、須磨源氏、住吉詣、落葉 です。
    曲名を見ただけで、以前源氏物語を読まれた皆様には、何となくその雰囲気がわかっていただけると思います。
    全部は調べきれないので、わかったところを記します。

    まず紫式部に敬意を表して「源氏供養」から。シテは紫式部。巻名を織り込んだ名文です。この詞章の中に26か所、源氏物語の巻名が入っています。楽しみながら探してください。(この他の部分にも2か所入っています。胡蝶、花宴)
    謡曲『源氏供養』クセ(曲舞の主要部分)
     そもそも桐壷の 夕べの煙速やかに 法性の空に到り 帚木の夜の言の葉は ついに覚樹の花散りぬ 空蝉の 空しきこの世を厭ひては 夕顔の 露の命を観じ わかむらさきの雲の向へ すゑつむはなの台に座せば 紅葉の賀の秋の 落葉もよしやただ たまたま仏意に逢ひながら 榊葉の さして往生を願ふべし 花散る里に住むとても 愛別離苦の理 免れがたき道とかや ただすべからくは 生死流浪の 須磨の浦を出でて 四智円明の あかしの浦にみをつくし いつまでもありなん ただ蓬生の 宿ながら 菩提の道を願ふべし 松風の吹くとても 業障の薄雲は 晴るることさらになし 秋の風消えずして 紫磨忍辱の藤袴 上品蓮台に 心をかけて誠ある 七宝荘厳の 真木柱のもとに行かん 梅が枝の 匂ひに移るわが心 藤の裏葉に置く露の その玉鬘かけ暫し 朝顔の光頼まれず 朝には栴檀の 陰にやどりき名も高き 官位を 東屋の 内に籠めて 楽しみ栄えを 浮舟に喩ふべしとかや これも蜻蛉の身なるべし 夢の浮橋をうち渡り 身の来迎を願ふべし 南無や西方弥陀如来 狂言綺語をふり捨てて 紫式部が後の世を 助け給へと もろともに 鐘打ち鳴らして 回向もすでに終りぬ

    大正13年の謡本には「この能よりも前に田楽の能に源氏の能と称するものあり。~ ~ 古き一名、紫式部」とあります。

    この続きは、またあとで書きます。 

    • 小町姐 のコメント:

      謡曲「源氏供養」 26の卷名を織り込んだ詞章、素晴らしいですね。
      桐壺に始まり夢の浮橋まで26ヵ所、三度目で見つかりました。

      源氏物語100首から一番好きな歌を三首選びました。
         心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花
         年月を待つにひかれて経る人にけふ鶯の初音聞かせよ
         ありと見て手にはとられず見ればまた行く方も知らずきえしかげろう
       

      懐かしいですね。それぞれの場面がはっきり浮かんでくるのは「源氏物語」を真面目に学んだ私の宝物です。

      • 百々爺 のコメント:

        3首とも心に残る名歌ですねぇ。夕顔、明石の君、(薫が詠んだ)浮舟。源氏物語は女君の物語ですよね。それぞれに憂いを含んだ女君、紫式部は多重人格的に女君を書き分けたのでしょうね。

    • 百々爺 のコメント:

      おかげさまで終生の伴侶となった源氏物語と日々を楽しく過ごさせてもらっています。冬休みの「百人一首」に続き春休みは「源氏物語」をやれとの自治会の依頼を安請け合いし奮闘中です。2日X2時間なのでどう絞ろうかと考えウオームアップで背景と源氏物語全般を説明し物語の部分は「年立(光源氏の一生)・巻名・女君」の三本でいくことにしました。巻名と源氏の年令を追っていきそれに女君をからませるのが一番分かりやすいかと思ったものです。

      おっしゃる通りあの雅な巻名はよくできていますねえ。源氏供養、紫式部を悪人に仕立て地獄から救い出すなど「アホかいな」と思いますが、まあそれだけ強烈な物語であったということでしょう。

       →26か所の巻名のところ太字にさせてもらいます。
       (失礼しました。お楽しみの方もありましょう、後にします)
       (読みようによっては27か所あるように思うのですがいかがでしょう)

  4. 浜寺八麻呂 のコメント:

    定年退職後の我が人生をすっかり変えてしまった”源氏物語”との出会い、この作者である紫式部の和歌の登場、爺以上に緊張しまくっています。

    和泉式部の歌のほうが、評価がよいとかいろいろ言われており、そうかなと思ったりもしないわけではないのですが、やはり小生にとっては紫式部は別格の人物、歌だけの評価など何の意味もないと思っています。

    さて、この歌、前知識なしで読むと、やはり男との別れの歌と思いました。でも、恋の歌にしては、醒めた歌に聴こえます。特に当時のことばの意味合いは解っていませんが、今流に解釈すると、”めぐりあいて”は、熱い恋歌には相応しくないように響きます。
    爺が書いてくれた通り、

    詞書:「早くより童友達に侍りける人の、年ごろ経て行きあひたる、ほのかにて、七月十日のころ、月にきほひてかへり侍りければ

    よりすれば、幼友達です。

    田辺聖子さんから引用しますが、
    この歌の次には ”紫式部集”によると、こうある。

    その人遠き所へいくなりけり。秋のはつる日来るあかつき、虫の声あはれなり。
     鳴き弱る まがきの虫も とめがたき 秋の別れや 悲しかるらむ

    女友達でよいと思います。

    折角ですので、”源氏物語”の中から、好きな歌を10首ならばせて頂きます。

    心あてに それかとぞ見る白露の 光そへたる夕顔の花 (夕顔) 夕顔

    手に摘みて いつしかも見む紫の ねにかよひける野辺の若草 (源氏) 若紫

    なげきわび 空に乱るるわが魂を 結びとどめよしたがひのつま (六条御息所)葵
    入日さす 峰にたなびく薄雲は もの思う袖に色やまがえる (源氏)薄雲

    こほりとぢ 石間の水はゆきなやみ そらすむ月のかげぞながるる(紫の上) 朝顔

    年月を待つにひかれて経る人に けふ鶯の初音聞かせよ (明石の君) 初音

    おくと見る ほどぞはかなきともすれば 風にみだるる萩のうは露 (紫の上)御法

    おぼつかな 誰にとわましいかにしてはじめもはても知らぬわが身を (薫) 匂宮

    橘の小島の色のかはらじを この浮舟ぞゆくへ知られぬ (浮舟) 浮舟

    ありと見て 手にはとられず見ればまた 行く方も知らず きえしかげろう (薫)蜻蛉

     

    • 百々爺 のコメント:

      ・源氏物語、3カ月遅れをよくぞ追いつき完全走破されました。アッパレでした。今や私に劣らず古典に没頭されてる様子、嬉しいです。
       →カラオケも忘れず続けましょうね。

      ・恋の歌か女ともだちへの歌か。コメント欄でも意見が二分しています。紫式部の性格からして仕方ないのかもしれませんが、確かに恋の歌にしては醒めてますよね。まあどっちつかずの中途半端な歌というのが正直なところかもしれません。

      ・源氏物語10首、スラスラ出てくるところなんぞ大したものですね。
       備忘録的に源氏物語主要人物詠歌数ランキングを挙げておきます。

       1.光源氏 221首(勿論段トツ)
       2.薫    57首(宇治十帖組が多い)
       3.夕霧   39首
       4.浮舟   26首(女君最多)
       5.匂宮   24首
       6.紫の上  23首
       7.明石の君 22首
       8.玉鬘   20首
       9.中の君  19首
      10.頭中将  16首 

       そして何と、正妻葵の上は1首も詠んでいない。
       →これも紫式部の何かのメッセージなんでしょうね。 
       

  5. 文屋多寡秀 のコメント:

    百々爺の興奮と、源氏物語履修組の皆様の、入れ込み具合がひしひしと伝わってまいりますなあ。

    57番歌 めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜半の月かな

    詞書があって昔の女友だちとの束の間の再会、すぐの別れを惜しんだ歌とのこと。
     →娘時代、すごく仲よく過ごした大事な友だちがいたのだろう。物語をいっしょに読み合ったり、歌を交したり、文芸サークルの仲間だったのかも。こういう友だちがいて文芸センスが磨かれていったのかも。詞書がなければすぐ帰ってしまった男への恨み節ともとれようが、紫式部はそんな哀れっぽい歌など詠まない(でしょうよ)、との百々爺の見解。

    浅学非才の、しかも源氏を単位不足でパスしており、さしたる思い入れもない小生からみると、ちょっと異論を挟んでみたい気もします。

    当人が「昔の女友だち」と書いてるんだから、そうに違いないんだけど、小説家は古来嘘つきだし、紫式部は紛れもない小説家。
    ここは幼馴染なんかではなく、古い恋人ではないのか、昔、親しんで、そのまま別れ別れになった恋しい人、それをほのかに見たのではないのか。そのほうが歌がずっと深くなるように思います。これが小学生の同級生に会ったかと思ったら月が隠れて見えなくなってしまった、というのでは、どうってことないのではと。それほど深く心に留めることではないと。

    その点、思いを残したまま別れた人となれば事情は一変する。たとえば、

     君に似し姿を街に見るときのこころ躍りをあはれと思へ

    と石川啄木は詠んでいます。

    ちらりと見たのが恋しい人なのか、それともよく似た人なのか、いや、恋しい人に違いないのだが、追いかけるわけにもいかず、たじろいで心をときめかせているうちに
    月影がいっさいを包み隠してしまった・・・・。この方がずっと趣が深い。違います?文学作品にも俳句のように、作者を超えて読者の考えがあってもよいのかと。

    説明書き自体が作者の韜晦で、秘めやかな慕情を自分だけのものとして隠したのかもしれません。

    そう解釈すると、53道綱母、54儀同三司母、56和泉式部とコテコテの女性艶歌に続いて女友だちとの57番歌はやや影が薄いというのも、紫式部の歌人として評価はちょっと落ちるのだろうから仕方ないか、という百々爺の杞憂も霧消し、紫式部の式部たる存在感が増すのではないでしょうかと彼の阿刀田さんも、のたまわっておられます。ほんとかなあ。(引用:恋する「小倉百人一首」阿刀田高著)

    • 百々爺 のコメント:

      ・源氏物語、別に履修年限が限られてる大学じゃなし生涯大学なんですから、単位不足は今からでも十分に補えます。百人一首と並行して是非取りかかって下さいよ。のめり込むこと保証しますから(のめり込み過ぎて菜園が疎かになっても補償はできませんが)。

      ・阿刀田高説、ご紹介ありがとうございます。
       確かに昔の女友だちなんて何の面白みもない。大体友情やら親子の親愛やらを詠み込んだ歌など王朝和歌、そしてそのエッセンスたる百人一首に凡そ相応しくない。。。その点は爺も賛成であります。でも新古今集からそのまま採った定家も別に詞書以上の解釈を付け加えている訳でもない。何とも不思議な歌だと思います。

       →新古今集の詞書&紫式部集の詞書に明らかに書かれている以上、学者の先生たちは「これはウソばっかり書いている小説家の言だからウソだ」とは言えない。結局読者も違和感を感じながら、「まあ女友だちで仕方ないか、あまり恋に縁のなかった紫式部だもんな」と納得させられてきたというのが実情でしょう。

      ・一つ言えるのは定家が紫式部を選んだのは勿論源氏物語があってのこと。定家は源氏物語の795首を頭に入れてその集合体として紫式部集の冒頭にある57番歌を紫式部の代表歌として選んだのかもしれません。

       →定家も思い切って源氏物語795首の中から選べばよかったのに。勅撰集じゃないけどアイデアとしては受けたかもねぇ。

      ・思いを残して別れた人、石川啄木ですか。啄木もやりますねぇ。
        君に似し姿を街に見るときのこころ躍りをあはれと思へ

       カラオケ千曲から、
        ♪そして二年の月日が流れ去り
        街でベージュのコートを見かけると
        指にルビーのリングを探すのさ
        貴女を失ってから~~
         (ルビーの指輪)
        

  6. 源智平朝臣 のコメント:

    百々爺や八麻呂さんのリタイア生活に「光」や「大変化」をもたらし、小町姐さんが「希代の天才」と尊敬・崇拝し、松風有情さんが「我らがマドンナ」と憧れる紫式部。彼女の人物・経歴・才能などについては皆さんが熟知しており、特に付け加えることはないので、智平は従来から違和感を有している57番歌の詞書、言い換えれば、57番歌の相手について、阿刀田高の推論を紹介しつつ、コメントしたいと存じます。

    智平は子供の頃には57番歌の相手が誰かなんて全く関心がありませんでしたが、大人になってから百人一首本を読み、「詞書からみて女性の幼な友だちである」との説明に違和感を持ちました。なぜなら、女性の幼友達なら、早々と雲に隠れる前に捉まえて思う存分に話すなり、次回にゆっくり会うと約束をすることが可能ではと思ったからです。それに加えて、恋の歌でないなら百人一首に選ばれるに値しないつまらない歌ではないかと感じたのも違和感の理由です。

    そんな違和感を抱いていたところ、昨年9月27日付の日経新聞文化欄で「小説家の性と千年の嘘」と題する阿刀田高のエッセイを読みました。その要旨は「(阿刀田が想像する57番歌の情景は)月夜に深く愛し合いながら事情があって別れた人の姿を見かけた。走り寄って行きたいが、それができない過去があると躊躇している内に、一切が消えてしまった。紫式部はそんな胸キュンのめぐり会いをしたものの、才女として名高い自分にそうした過去があったと知られると口さがない連中に何を言われるかもしれない、と考えて韜晦を選んだ。そして、自分の過去の恋はそれなりに歌に込めて懐かしみ、そんな心のあやを周囲にとやかく言われないように、詞書や紫式部集で、月夜に会ったのは幼なじみの女友だちと装った。紫式部は千年の嘘を残したのかもしれない」というものでした。

    阿刀田高は、この推論を下に、「めぐりあいて」と題する短編を書いていることもネットで知りました(短編集「アンブラッセ」に収められている)。智平は阿刀田説なら、従来からの違和感を払拭できるし、韜晦という説明も含めて阿刀田高の推論はそれなりに筋が通っていて、面白いと感じています。そして、57番歌はその背景に隠されたドラマがある想像を掻き立てる恋の歌になると考えます。ただし、今回、紫式部の性格とか彼女にとっての女友だちの重要性などを強調した田辺聖子や百々爺の説明を読んでみて、幼なじみの女友だちという説明に対する違和感が少し薄らいできたのも事実です。さて、皆さまは57番歌の相手は「事情があって別れた昔の恋人」と「幼なじみの女友だち」のどちらが相応しいと思われますか。
    (注)1.手持ちの百人一首本の中では、唯一「有吉保」の解説中に、水無月抄に「その人なんおとこなり」との注があるとの説明がありました。但し、その根拠を調べるまでには至っていません。
    2.智平のコメントの投稿直前に文屋多寡秀さんからも、阿刀田説の紹介があり、心強い限りです。

    • 百々爺 のコメント:

      智平どの、半年前から57番歌のコメント用に新聞記事に目をつけていたんですね。さすがであります。

      確かに57番歌、女友だちなんて言われると「なんで?」と違和感を感じたものです。阿刀田先生が小説家として想像される情景はなるほどと頷けるし、そうあって欲しいなとも思います。

      「千年の嘘」、紫式部なら「私、和泉式部みたいに情熱的な恋歌は詠めないわ、そうだ女友だちにしておこう、でも千年後の読者は女友だちなんて嘘だろうと解釈するだろう。その方が却って効果的かも、、」と考えたのかもしれません。

       →でも事実はやはり女友だちだった(情を燃やした昔の男などではなかった)。紫式部は嘘の嘘をついたというのが真実かもしれません。何せ「事実は小説より奇なり」ですから。

       →一人の男と燃え上がるような恋に浸っていては、とても源氏物語のようなヘビーなマルチ恋愛小説は書けなかったであろう、、、というのが爺の見解であります。

  7. 百合局 のコメント:

    続きです。
    謡曲『夕顔』のなかにある「山の端の心も知らで行く月は上の空にて影や絶えなん」は「源氏物語 – 夕顔の巻」の夕顔の歌「山のはの心も知らで行く月はうはの空にて影や絶えなむ」を使っています。

    謡曲『葵上』でも源氏物語の巻名を綴っています。「花宴」「紅葉賀」「朝顔」「早蕨」「蛍」「蓬生」など。

    謡曲『野宮』にある「神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れる榊ぞ」は「源氏物語 - 賢木」の御息所の歌「神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れるさか木ぞ」を使っています。

    謡曲『玉鬘』にある「舟人も誰を恋ふとか大島のうら悲しげに声立てて」は「源氏物語 - 玉鬘の巻」の乳母の娘の歌 「舟人もたれを恋ふとか大島のうら悲しげに声の聞ゆる」に基づいています。
    謡曲『玉鬘』にある「うきしまを漕ぎ離れても行く方や いづく泊りとしらなみに」は兵部の君の歌「浮島を漕ぎ離れても行く方やいづくとまりと知らずもあるかな」によっています。
    謡曲『玉鬘』にある「思ひは初めよ初瀬川早くも知るや浅からぬ」は玉鬘の歌「初瀬川早くのことは知らねども今日の逢ふ瀬に身さへなかれぬ」によっています。
    謡曲『玉鬘』にある「恋ひわたる身はそれならで玉鬘いかなる筋を尋ね来ぬらん」は源氏の君の歌「恋ひわたる身はそれなれど玉かづらいかなるすぢを尋ね来つらむ」を
    使用しています。

    謡曲『浮舟』にある「橘の小島の色は変はらじをこの浮舟ぞ寄るべ知られぬ」は、浮舟の歌「橘の小島の色は変はらじをこの浮舟ぞゆくへ知られぬ」を使っています。

    このように題材に選んだものをみるだけでも、古来、日本人が特に心惹かれたものが何であるかがうかがえます。

    • 百々爺 のコメント:

      ありがとうございます。ズラリ並べていただくと、改めて源氏物語の各帖が謡曲の題材になり、歌や表現が引用されているのかがよく分かります。

      でもどちらかと言うとサブストーリー部分が多いですね。さすがに藤壷との密通に関わる「もののまぎれ」の部分や紫の上-女三の宮の「紫のゆかり」の部分は劇化するのにためらわれたのでしょうか。

  8. 枇杷の実 のコメント:

    紫式部の少女時代は紫式部集の詞書から復元される。その特徴は少女時代に恋人との贈答歌がないこと、そして女友達(受領の娘が多い)が顔を並べていること。「紫式部と平安時代」(倉本一宏)
      めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな
    詞書に童友だちなりし人に・・・とあるこの冒頭歌、その女友達の離京を嘆く歌として2番歌に
      鳴きよわる まがきの虫も とめがたき 秋のわかれや 悲しかるらむ
    別の友人が離京を嘆くのを慰める歌(7番)
      西へゆく 月のたよりに 玉章(たまづさ)の かき絶えめやは 雲の通ひ路
    又、悩み事を相談する友人を労わる歌(11番)、
      霜氷 閉ぢたるころの 水くきは えもかきやらぬ ここちのみして
    これらの文通とも見れる歌詠みから新古今集の部立てどおり「雑」の歌となるのか。当時の受領階級の赴任・転任の頻繁な様子も伺え、娘たちの交流度合いも深かったのではと思う。それにしても、百人一首に採られたこの歌は、(たぶん多数の)読み手がイメージするように人を思う歌詠みとみても全然おかしくはない。

    源氏物語にある八百首近くの和歌は、其々の登場人物になりきって見事に読まれていて、しかも、それぞれの登場人物の和歌の力量に合わせて詠んであるから紫式部は恐るべき才能の持ち主だとか(その性格も推測できるが)。
    又、目崎徳衛は#57番歌に関連して、紫式部ほどの出色の人物は、男女を通じてこの時代には少なかったろう。女性の身だから、その才幹は政治上に発揮されなかった。しかし「光源氏」の造形によって道長時代を荘厳しながら光源氏の晩年と死後までを描くことによって、彼女は道長とその時代の行く末を予言した観がある。
    政治的営みではなく文筆のわざによって、わが思う方向へ社会を動かして行ったともいえよう。紫式部のこうした眼力には、機知の戯れに陶酔している清少納言や恋愛に没頭している和泉式部など同時代の女房たちの行状は、才能のむなしい浪費のごとく映ったのではあるまいか、と書いている。

    こういう記述をみると、「源氏物語」はまさに大作、中世の史的展開、王朝世界は原文からとは理解できるが、その訳本(田辺聖子&瀬戸内寂聴)で満足している枇杷の実は原書で読みなおす事はないでしょう。(百々爺の再度のお勧めがある前に一言)

    • 百々爺 のコメント:

      ・そうなんですね、57番歌を読み解くには「紫式部集」をつぶさに読むことなんでしょうね。紫式部集から紫式部の一生を考察した清水好子「紫式部」(岩波新書)をチラ読みしてみました。

       紫式部集は源氏物語執筆時か終ったころ自分の生涯の点検を試みた自纂集。128首から成り、前半に多感多事な青春時代の歌を配列しており、そこには男との恋愛歌はなく、女友だちとの交流・美しい少女時代を書き残している。

       →伊勢集や和泉式部集では男との恋愛歌が中心となっているが、紫式部はそれらとは一線を画し「女友だちとの少女時代」を強調している。これこそ式部が後世に伝えたかった自身の姿だったのだろう。

      ・源氏物語795首を登場人物になり代わり歌にしたのはなんとも凄いと思います。10才の若紫のたどたどしい歌、末摘花の頑なな歌、近江の君のナンセンスな歌。源氏と六条御息所との歌の応酬では常に御息所の歌の方が上手に作ってある、等々よくぞできるもんだと感心しきりです。

       →藤原俊成が「源氏見ざる歌よみは遺恨のことなり」と言ったのも宜なるかなです。

      ・目崎先生、女流歌人は殆どスキップしてますがさすが紫式部(と清少納言、赤染衛門)にはちょっとページを割いてますねぇ。「才能のむなしい浪費」と言われても清少納言も和泉式部も戸惑うばかりでしょうが。。

      ・源氏物語講読の件、機先を制されましたねぇ。まあ今度ゴルフ場への車中でじっくり話ししましょう。

  9. 小町姐 のコメント:

    枇杷の実さん
    確かに紫式部からすれば清少納言や和泉式部ら女房たちを「才能のむなしい浪費」と一線を画していたのかも知れませんね。
    自らの才能に大いなる自負があったのだと思います。それは数多が認めるところです。
    しかしその原文に触れないのはやはり勿体ないことにも思えます。
    寂聴本に満足し更にリンボウ本(謹訳 源氏物語)を原文と同時進行で読んだ小町姐からの感想です。

  10. 昭和蝉丸 のコメント:

    紫式部登場。
    案の定、コメントは、歌そっちのけで、紫式部のことがてんこ盛り。
    確かに、この歌だけ取り上げれば、技巧も情緒も
    好いトコ取りで、誰が詠ったか、どうでもいいような
    出来。(と言う感じがします)

    古来、紫式部を語るに熱が入るのは、どんな人だったかを
    想像するのが楽しいから。
      
      余談ですが、作家ですから、作品の中に作家本人を
      探すのが手っ取り早いですが、「源氏物語」の登場人物では、
      空蝉でしょうね。(「趣味ドキッ」の山口仲美オバチャマも、“紫式部は
      空蝉に自分を寄せている”と断言していて、“そうでしょう!”と叫んでしまいました)

    どんな人に戻りますが、去年、三谷幸喜の「紫式部ダイアリー」
    http://www.parco-play.com/web/program/murasaki/ と言う
    舞台劇が話題になりましたが、紫式部vs清少納言のバトルトークで、
    長澤まさみ 斉藤由貴の二人芝居です。この舞台劇の式部は実に・・・・
    いやいや、解説はやめておきましょう。
    今月20日にWOWOWで再放送されますので
    加盟されている方は是非見て下さい。メチャ面白いです。

    • 百々爺 のコメント:

      久しぶりのコメントありがとうございます。お待ちしてました。
      すれ違いでなかなかお会いできませんが、いつもながら120%元気でご活躍の様子、何よりです。

      ・空蝉ですか、なるほど。私もオバチャマの顔思い出してドキッとしました。受領の娘紫式部は等身大の自分を空蝉に投影し(「チェッ、つまんない女」と舌打ちしながら)、こうあったらいいのになあという理想形を明石の君に託して(うっとりと夢見心地で)描き出したのだと思います。

      ・三谷幸喜の「紫式部ダイアリー」、HP見せていただきました。
       紫式部・清少納言と言うと誰もが知っている有名人でライバル。名前を借りて女二人のバトルを展開させるには正にかっこうの二人なんでしょう。実像を越えて三谷ワールドが繰り広げられる。きっと面白いと思います。

       源氏物語の映画やドラマにも必ず作者の紫式部が顔を出すんですよね。物語は長くて分かりにくいのでまともに取り上げられない。有名人紫式部を出して煙にまくというのが定石になってるような気がします。

       →折角のご案内ですがWOWOW入れてません。残念、ごめんなさい。

  11. 小町姐 のコメント:

    【余談22】 NAGOYA WOMEN,Sマラソン2016
    風もなく薄曇りの名古屋の空は絶好のマラソン日和。
    ボランティアとしてスタートのナゴヤドームから2キロ地点でコース整理に立つ。
    大掛かりな交通規制が敷かれ早朝から沿道にコース資器材の設置~撤去で5時間余。
    9時10分ナゴヤドームスタートの号砲。
    男女ハーフを含めれば三万人余りにも及ぶという
    先ず始めにはホイールチェアーマラソンがスタート。この車椅子も初めて見る。
    次に白バイに先導されたフルマラソンの先頭集団が続き延々の長蛇、最後尾に収容バスがパトカーに後押されて走る。
    初めて目にする光景に圧倒される。
    カラフルでおしゃれなウエアーに交じってコスプレもどきの奇抜なウエアーも見られる。
    ちなみに私たちボランティアはグレーの地味なウエアーに白のキャップで共にVOUNTEERと印刷されていて持ち帰り出来る。
    フルマラソンを完走すればティファニーのオリジナルペンダントが贈られるという。
    一時間ほど置いてハーフランナーの集団。
    リオ五輪代表の最終選考会を兼ねた「名古屋ウィメンズマラソン2016」は、ユニスジェプキルイ・キルワ(バーレーン)が2時間22分40秒で2連覇。
    2位は田中智美(第一生命)、3位は小原怜

    キヨノリさんからのメールで若手ナンバーワンの岩出玲亜が一志中出身で沙保里ちゃんの後輩とは全く知りませんでした。
    知っていたらもっとしっかり見たのだけど5位とは健闘しましたね。
    やはり若さでしょうか、東京に期待したいですね。
    最後の五輪挑戦を賭けた注目のみずき選手だけにちょっと結果は期待外れ。
    やはり年齢的にもう限界かな・・・
    でも沿道では一際大きな声援が送られました。

    走るわけじゃないので防寒対策をしっかりし過ぎて着膨れです。
    無事ボランティアを終え打ち上げ後帰ってきましたが少々疲れました。

    • 百々爺 のコメント:

      レポートありがとうございます。寒い中、ご苦労さまお疲れさまでした。貴重な経験されましたね。沙保里ちゃんも一志中でしたか。それはそれは。

      TVに見入っていました。最後のデッドヒートすごかった。名古屋ドームのゴールは何となく中途半端で下り坂になっていて、最後の直線足がもつれるんじゃないかとハラハラしてました。今回の名古屋は例の福士騒動もあってヤヤコシかったですが、無事結着がついてよかったです。

      岩出玲亜は丁度4年後東京がピークの頃ですね。東京五輪、四日市の瀬古と伊勢の野口の解説で津の岩出がメダルに挑戦する、、、。決して夢ではないでしょう。楽しみです。

      【明日明後日とゴルフに出かけます。58番歌のコメント返しは水曜日以降になります。ご容赦ください】

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