すみません。しばらく休室とさせていただきます。

暑くなりました。お元気でお過ごしでしょうか。
さて、誠に申し訳ないのですがしばらく(多分1ヶ月ほど)お休みとさせていただきます。

爺は元気にしてるのですが、先日来、婆が病気で治療を受けており順調に回復してきたのですが思わぬ事態が発生し入院が長引くことになりました。少し腰を据えてリハビリアシスタントに専念することにします。

思えば昨年も夏場1ヶ月半ほどお休みしました。どうも夏に弱いんですかね。
フォローアーの皆さまにはご心配、ご迷惑をおかけし申し訳ありません。どうぞご容赦ください。

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すみません。しばらく休室とさせていただきます。 への6件のフィードバック

  1. 小町姐 のコメント:

    心からお見舞い申し上げます。
    ゆっくり静養なさって早くお元気になられますようお祈り致します。

    談話室のことはしばらく忘れて奥さまを支えてあげて下さい。
    私たちも夏休みをいただいたつもりで体力、気力温存します。

    • 百々爺 のコメント:

      お気遣いありがとうございます。
      そうさせていただきます。
      リオープンの際にはまたよろしくお願いいたします。

  2. 松風有情 のコメント:

    どうかお大事にしてください。

    夏休み!いいですね。
    ところで誰か教えてください。
    百人一首また源氏物語にも『虹』を扱った歌が見当たりません。
    これだけ自然現象を捉えての和歌が多いにも拘らず、なぜ虹を題材にしなかったのか不思議です。

    • 百合局 のコメント:

       ネット中心に少し調べただけなので、確かかどうかわかりませんが、たぶんこんなところかな~~(これを読む方もそんな気持ちで読んでください)

       万葉集巻14の上野国歌(3414)には「伊香保ろのやさかのゐでに立つ虹の現はろまでもさ寝をさ寝てば」がありますから、古くは(東歌の地方)虹が歌の題材にあったように思います。

       奈良時代から平安時代になると虹を詠むことに何らかの抵抗がでてきたのではありませんか。(星は死んだ人の魂が天に昇ったものだという捉え方があったのと同様な感じかな?)

      87番 寂蓮法師(1139~1202)は「時雨つつ虹立つ空や岩橋をわたしはてたるかづらきの山」(夫木和歌抄 7908)と詠んでいます。

      97番 定家(1162~1241)は「むら雲の絶え間の空に虹立ちて時雨過ぎぬるをちの山の端」(玉葉集冬 847)と詠んでいます。

       定家は「新古今集」「新勅撰集」などに携わった鎌倉時代初期に活躍した人物なので、少なくとも勅撰集入集歌にかぎっては、定家の詠んだ虹の歌までずっと虹は詠まれなかったようです。(現存していないもののなかにあったかもしれませんがね・・)

       自然現象の捉え方が現代とは大きく違うわけで、忌むべきものが日常生活ののなかでも多い時代です。そのあたりに虹が古典文学(和歌)の対象に馴染まなかった原因があるように思われます。

  3. 松風有情 のコメント:

    ありがとうございます。
    よく分かり、少しすっきりしました。
    神話の世ではイザナキ、イザナミが虹を渡って地上に降り立ったと聞きますが、万葉の時代までは歌の題材にあったんですね。

    先日もダブルレインボーを見ながら、あらためて水多き国で良かったなと思いました。郡上八幡には素晴らしい睡蓮の池があるとか一度伺いたいものです。ただ関東の水不足はまだ解消されず今朝やっと54%です。

  4. 小町姐 のコメント:

    【余談31】  魅せる!!海老蔵光源氏
    暑中お見舞い申し上げます。
    皆さまお変わりなくお元気でいらっしゃいますか?

    今日は暑気払いに海老さまを観に行ってきました。
    我ら「源氏物語道しるべ」の京都の夜でも光源氏の役は「海老蔵」と満場一致で決まった。
    男の価値はルックスじゃないと言いきったのはこの小町姐。
    されども美男に越したことはなく邪魔にはならない。プラスαの価値は大いに認めたい。
    たまに芸能界などで美男美女であるが故に不幸な人生を歩む人もないではない。
    しかし我らが選んだ光源氏の役は間違っていなかった。
    これほど「光源氏」にふさわしい人は他には考えられない。
    最も光源氏に適した男、海老蔵。
    その海老蔵の「源氏物語」第二章(朧月夜より須磨、明石まで)
    「美しい!!」の他に言葉が見つからない。
    本当に物語の光君はこのような男だったのではと想像する。
    冒頭よりテノール歌手、イタリア語の歌曲で始まった。
    これには参りました、字幕が付いていないので全く意味がわからない。
    アモーレだけしか理解できない
    今回、歌舞伎・オペラ・能を融合させたその演出の斬新さに驚きました。
    第一幕の歌舞伎では日舞に囃子方は従来の形式に琴。
    第二幕、能では能楽師に囃子方は従来通り能管や鼓等。
    能の場面は住吉神社が背景でこれは動きがあり結構面白く鑑賞できた。
    ピアノ、ビオラなど洋楽器と邦楽器のコラボにも驚かされた。
    すべてが従来の歌舞伎にはない演出で発声なども全く異なる。
    正味一時間半弱と言う短時間で最大限に凝縮された舞台では大堰の子別れの場面を明石に置き換え「道しるべ」で学んだ明石の姫君が「乗りたまへ」と母君の袖を捉えたのを思い出して胸が熱くなった。
    宮中の場面は華やかでこの世のものと思えない美しさに加え静謐な美をたたえた海老蔵の光源氏は輝いていた。
    三回のカーテンコールに海老蔵は最後、両手を品良く振って応えてくれ真夏の夜の夢舞台を終えた。

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