5番 猿が聞く鹿の鳴き声

5.奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞く時ぞ秋は悲しき

訳詩:   秋深い奥山に紅葉は散り敷き
      妻問いの鹿が踏みわけ踏みわけ
      悲しげな声で鳴きながらさまよう
      あの声をきくと
      秋の愁いはふかまるばかりだ

作者:猿丸大夫(生没年・伝未詳)
出典:古今集 秋上215
詞書:「是貞親王の家の歌合の歌」

①生没年不詳・伝未詳ってどういうことでしょう。居たか居なかったかも分からない、、、いい加減なものです。この歌古今集215番に「よみ人しらず」として出ている。即ち古今集が編まれた平安前期(905)では不詳だった。それを中期の公任が三十六歌仙の一人として猿丸大夫をあげ、この歌を猿丸の歌とした。ここに猿丸はレジェンドとして確立されたということか。

 定家は勅撰集では「よみ人しらず」となっているのに公任に倣いこれを猿丸大夫の歌として百人一首に入れた。即ち猿丸に日の目を見せたのは公任と定家の合作だったということでしょうか。

②定家が入れたのはこの歌を「暮れゆく秋山の寂寥を表す」ものとして高く評価していたからであろう。83番に自分の父(藤原俊成)の歌として採ったのは猿丸歌を本歌としたもの。

  世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる

 →俊成には他にいい歌あるのに何でこんな二番煎じをという声が多い。爺もそう思います。
 →定家は「山の奥の鹿の鳴き声」が余程お好きだったのだろう。

③さて、その鹿の鳴き声。秋になると妻を求めて鳴く声が切ない、、、ということだがどんな声なのでしょう。YOUTUBEで聞いてみたが「ひゅう~~ぴゅう~~」ってあまり切なく聞こえない。まあ鳴き声には色んな状況があるのでしょうからこれが求愛の時の声かどうか分かりませんが。

④この歌の詠み方として二つ問題提起がされている。
 ・紅葉を踏み分けたのは人か鹿か?
  →人でいいと思うのですがどうでしょう。

 ・古今集の並びではもみじは萩の黄葉(晩秋でなく初秋)であるべきではないか。
  →いや、これは紅葉でしょう。萩は7月イノシシに決まってるじゃないですか。

⑤その他: 
 1 明治の「鹿鳴館」、賓客をもてなす宴会で歌われた漢詩から取られた。
  「なぜか歌仙絵では風体いやしきオッサンに描かれている」(田辺聖子)
   →光琳かるたではひょうきんな感じで描かれている。鹿の夫婦が素晴らしい。

 2 伝未詳の猿丸ながら各地に猿丸大夫ゆかりの地がある。
   →伝未詳故に勝手に作られたものであろうか。

   猿丸神社 京都府宇治田原 = 鴨長明の「無名抄」「方丈記」に言及あり。
   猿、猿田彦、猿楽、、、芸能につながるこっけいなパーソナリテイの感じか。

 3 宗祇の百人一首古注に「猿丸大夫を弓削道鏡と号す」と書かれており道鏡説もある由。
   →道鏡のことよく知りませんがまさかねぇ。道鏡が山の奥に鹿の声聞きに行くわけないでしょうに。

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5番 猿が聞く鹿の鳴き声 への16件のフィードバック

  1. 浜寺八麻呂 のコメント:

    百々爺が、いろんなことを、要領よくかつ幅広くいつもまとめてくれており、毎度ながら感心していますが、今回も少しコメントさせてください。

    猿丸なる人は、歴史的には確認されていないし、生きていた時期に有名だったのかも不明なのだが、”百人一首の作者たち”(目黒徳衛著)によると公任の”三十六人〝で、この歌の他に

    遠近のたつきもしらぬ山中に おぼつかなく呼子鳥かな
    日ぐらしの鳴きつるなべに日は暮れぬと 思へば山の陰にぞありける

    が選ばれ(根拠不明)、また後世”猿丸大夫集”まで出され、神社もでき歌の名手とされた、なんとも不思議な人物であるらしい。梅原猛氏は、柿本人麻呂の晩年が猿丸だったとの説でこれも面白いが、歌風が違いすぎのようにも思える(感じで特に根拠なし)。

    ”百人一首の作者たち”では、猿丸は遁世者として括られており、喜撰法師・蝉丸そして後に出てくる能因法師・西行たちと同じ遁世者とされ、鴨長明とも同じ流れとされており、遁世者たちになんとなく惹かれるようになってきている小生には、解り易く、この歌もなるほどそういう境地だなと納得である。

    話は変わりますが、東京女子大学 今井 久代教授の”源氏物語 若菜を読む”(一年間の講義)が始まり、若菜を再度読み始めていますが、昨日この先生がなんと無料で我々聴講生に配布してくれた”クリアカラー 国語便覧”(数研出版)なる、高校生向けの参考書があります。古文・現代文・漢文の3編からなり、古文編では、図説(平安京・内裏・寝殿つくり・服装・古代の色・年中行事・貴族の遊び・暦・天皇 藤原家系図・官位など)も豊富で・歴史も書いてあり、それに有名な歌集&物語・日記・随筆なども個別に紹介されており、なかなか良くできた参考書です。カラーで400ページもあり、税前771円と超お買い得でもあります。
    以前、百々爺あるいは清々爺から紹介があった書物かもしれませんが、古典を読む際手元においておくと、役立ちそうな本なので紹介しておきます。

    • 百々爺 のコメント:

      1.えっ、遁世者たちになんとなく惹かれるようになってきている、、、んですか。まさか遁世者になろうという訳じゃないですよね。
       →いや、リタイヤして仕事もせずぶらぶら暮らしている。これこそ既に立派な遁世者かもしれませんが。

       この時代(といっても600年の長い期間)遁世者=出家した僧侶なのでしょうかね。いや、出家した僧侶でも12番僧正遍照、66番大僧正行尊、95番前大僧正慈円は仏門のリーダーとして表に立っていたのでしょうから遁世者のイメージではないですよね。

       逆に出家してなくても世の中から離れてひっそり暮らしていれば遁世者と言っていいのでしょうね。猿丸大夫は僧侶か否か、坊主めくりの坊主になるかどうか。大方は坊主にカウントするのですかね。「小倉百人一首」鈴木知太郎は僧侶でなく官人としています。
       →まあ伝未詳の人ですから出家したのかどうかも分からないのでしょう。いずれにせよ遁世者だったことは間違いないでしょう。

       ご紹介いただいた猿丸大夫の二首、これも古今集の歌とのことですが、立派に古今調(源氏物語に引かれてもおかしくない)ですね。万葉とは違ったイメージです。

      2.若菜を再読され始めた、いいですね。しっかり先生の講義を聞いて気がついたことなどあれば是非教えてください。
       →女三の宮が降嫁してきて六条院の様子がすっかり変わる、、、丁度1年半前読んでた時のことを思い出しました。

      3.「国語便覧」の紹介ありがとうございます。無料と言っても聴講料に含まれてるんでしょうけどね。ウチにも子どもが使った(いや、真っ新で何の書き込みもない、勉強してなかったのでしょう)「新詳説 国語便覧」(東京書籍)があり机の傍らにおいています。カラフルで文学関係ちょっと辞書的に使うと便利です。

  2. 枇杷の実 のコメント:

    最近、鹿(ニホンジカ)による森林・林業への被害が深刻化している。
    過密状態で主食のササが不足し、樹皮食いをまねいて枯れ木が増え、その被害は高山帯まで。大峰山では名物のオオヤマレンゲの枯死が危惧され広範囲にネット防護柵が張られていた。鹿は一夫多妻で、オスを捕獲しても一夫超多妻になるだけであまり効果はないらしい。
    天敵(ニホンオオカミ)の存在で生態系の中でバランスが保たれていた奈良の昔、猿(丸)が観た(か聞いたか)、その頃のオスシカは食糧難を気にすることなく、ただひたすらに妻を求め、縄張りを主張しながらヒューンヒューンと鳴いていたに違いない。
          明治では ドレスかき分け 鹿鳴館

    • 百々爺 のコメント:

      鹿害についてのレポートありがとうございます。やはり生態系が崩れると問題が起るのでしょうね。オスを捕獲しても一夫超多妻になるだけですか、なるほど。メスもいっしょに減らさないとダメなんでしょうね。天敵はニホンオオカミだけなんですかね。そうとしたら鹿も怖いものなし、エサがある限り増え続けるということになりますもんね。

      そもそも人間の営為で生態系が崩れているのですからやはりその崩れは人工的に正さねばいけないのでしょう。即ちしっかり駆除することでしょう。

  3. 在六少将 のコメント:

    Youtubeではどのような鳴き方だったか分かりませんが、これを森や山におくとサウンド効果が加わってそれはそれは妙なる響きに聞こえるのかも。
    鹿とくれば、舒明天皇の、

    夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寝ねにけらしも
    万葉集 巻8・1511

    を思い浮かべます。狩の対象であったのに、「今夜は伴侶を得たのかもねえ」と鹿に寄せる慈愛のようなものも感じてしまいます。

    • 百々爺 のコメント:

      いい歌ですねぇ。「鹿のヤツ、やりおったな、今ごろはお楽しみか、、、よかったなぁ」という訳でしょうか。

      この小倉山は京都嵯峨の小倉山ではないですね。おぐら=暗い、小倉山=奥山ということでしょうか。5番歌の奥山はどこか不詳のようですが猿丸さん各地に出没してたようですから、万葉集のこの歌を見て大和で詠んだのかもしれませんね。

      • 在六少将 のコメント:

        舒明の本貫地・忍阪の近くだとすると多武峰、音羽山あたりの山中を想像しますね。拙ブログに春嵐の歩く会でもこの歌に触れていました。

        • 百々爺 のコメント:

          ありがとうございます。正に万葉の世界ですね。
          ブログ「一日一句」改めて見せていただきました。検索機能を駆使してでしょうがこうして丁度2年前の記事を思い出すことができる。本当にこのブログの威力は絶大ですね。どうぞ末永く続けてください。

  4. 文屋多寡秀 のコメント:

    秋を悲しみととらえるか、はたまた喜びと捉えるか。季節感はそれぞれなんでしょうが、農耕生活からは、秋を喜ぶべき収穫の時節とするのが自然で、田園生活から離れた都会的精神の結果、秋を衰え滅びる時節とし、儚さ・悲しみの季節感が生まれてきたんでしょうか。猿丸歌は、紅葉は華麗ではあるが滅びの前の華麗さをこそ、秋の悲哀の風景として読んだのでしょうな。

     さて、鹿の鳴き声、百々爺によりますとあまり悲しくも聞こえないようですな。そこへいくと今をときめくパンダの鳴き声ご存知ですか?これがいかにも悲しそうに鳴くんですな。水鼻まで垂らして。白浜は良浜パンダ(双子パンダの母親ですが昨夜のNHKで「チームパンダ」の子育てを紹介していました)の鳴き声、お聴きになった方もいらっしゃるかも。

     蛇足ですが、かの菅原道真による、このような漢詩訳があるそうです。
     
      秋山寂々葉零零 
      麋鹿鳴音数処聆
      勝地尋来遊宴処
      無友無酒意猶冷

     今どきの英文訳のようなものでしょうか。

    • 百々爺 のコメント:

      春が一方的に喜びに向かっている季節であるに対し、秋は愁い。だって「愁い」=秋の心ですからね。おっしゃる通り万民(大多数民)が農耕生活だった時代、秋は収穫の喜びに沸き、祭りのドンチャン騒ぎで最高潮に達し、その後(宴の後)厳しい冬が近づくにつれ段々暗い気持ちになっていった。それが愁いかもしれません。

      パンダの声、YOUTUBEで聞いてみました。赤ちゃんは可愛いですね。親パンダは豪快そう。きっと怒ると迫力ある声だすのでしょうね。

      道真公の漢詩訳ありがとうございます。決して蛇足などではありませんぞ。道真にとってはやまとことばの和歌より漢詩の方が得意だったのでしょうね。確かに今でも英語の得意なお人は英語訳をするのかも。

      せっかくですから調べた読み下し文載せておきます。

         秋山寂々として葉零零たり
         麋鹿鳴く音数処に聆く
         勝地尋ね来たりて遊宴する処
         友無く酒無く意(こころ)猶冷し

        →かなり意訳ですかね。遁世者は酒はダメというわけじゃないですよね。

  5. 百合局 のコメント:

    伝説になるような歌人がいてもいいですよね。想像力を各自働かせて自分好みの猿丸大夫像を作り上げましょう。
    滋賀県大津市の曾束というところに猿丸大夫の墓があるようですし、猿丸神社もそのあたりにあるようです。
    ネットの写真で見ると本殿の石猿がユーモラスです。誰か実際に猿丸神社に行かれたことのある人いませんか?いらしたら詳しくコメントしてくださいな。

    • 百々爺 のコメント:

      ネットで見ました。近ごろのゆるキャラにしたら流行るかもしれませんね。地図で見ると京都宇治田原市と大津市の堺あたりですね。よほどお暇な方じゃないと行くのは難しいかも。。

      猿丸、後の蝉丸もそうですがこういう摩訶不思議な人物が入っているところが百人一首のいいところだと思います。だって、おっしゃる通り自由に想像の翼を広げることができますからねぇ。

  6. 小町姐 のコメント:

    5番歌
    猿丸太夫のことは生没年不明で居たのか居なかったのかもよく解らないようですね。
    でもこの歌に関しては解りやすいですね。
    紅葉を踏み分けたのはもちろん人でしょうね。

    鹿と言えば奈良公園。
    ここの鹿は人懐っこくてかわいいですが我が田舎では鹿が出没して農作物を荒らす害獣として嫌われています。
    私もウオーキング中突然に鹿に出くわして驚いたことがありますが向こうの方が逃げていきました。
    光琳かるたの絵を見ているとひょうきんな猿丸が鹿を手招きしているように見えます。
    この絵を見るかぎり秋の哀しみはあまり伝わってきません。
    むしろ紅葉をバックに夫婦鹿が寄り添って華やかなイメージです。
    光琳かるたの素晴らしい所は取り札にも歌の背景の絵があることですね。
    その本物を見せていただけるのはとても楽しみです。

    【余談3】
    朝から中日新聞本社見学をしてきました。
    帰ったらいきなり10件ものコメント。
    もう書くことも無く余談で遊ばせていただきます。

    取材から始まり各戸に配達されるまでの仕組みをDVDと担当者の説目を受けながらの見学です。小学生になったみたい・・・
    光と電子の新聞づくりを目の当たりにして6年生の修学旅行で大坂の朝日新聞社を見学した時の事を思い出しました。
    活字を拾う活版印刷と高速オフセット印刷は隔世の感ありです。
    最後に今日の名古屋本社見学記念版を写真入りで発行していただきました。

    その後、春の院展を鑑賞。
    好きな田口俊夫画伯の「明日香心象」で少し疲れを取りました。
    源智平さんの友人で三重出身の松本高明画伯も招待で出品されていました。
    高層ホテルから見た名古屋城はすっかり葉桜です。
    官庁街の欅並木の若芽が目に沁みるような美しさでした。
    今はまた怪しい雲行きですが明日はどうでしょうね?
    暑くなると街歩きは疲れますね。

    • 百々爺 のコメント:

      この5番歌、覚えやすくていいですよね。まあ5番まできっちり覚えられたら後は続ける意思のみ。「途中で止めたら勿体ない」精神で続けていただけばと思います。

      光琳かるた、猿丸の表情面白いですね。私は鹿の夫婦がいちゃついているのを見て「お呼びじゃない?、、、こりゃまた失礼いたしました~~」って感じに思えました。取り札にも絵がある、そうですねぇ。ってことは絵を見て取るってこともできる。その点はいろはかるた的かもしれません。

      余談ありがとうございます。先にコメントが並んでいてもどうぞ気にすることなく予習して書こうと思ってたことありましたら重複しても構いませんのでドンドン書き込んでください。

      新聞社見学ですか。いいですね。先日紙幣の印刷工場に行きましたがこの年になって(ものごとが分かってきて)色んな現場を見学するって面白いなあと思いました。昔の新聞社とは全く違い、それこそIT新兵器大集合なんでしょうね。
       (昔三重会館にあった伊勢新聞社に見学に行ったこと思い出しました)

  7. 草子 のコメント:

    初めまして。

    主人の実家のある田舎に引っ越して2年目、
    先月、「キュイーン、キュイーン。」と鳴く声を初めて聞き
    犬?何?と最初はわからなかったのですが鹿だ!気が付いて
    すぐに、この歌を思い出しました。

    この句、そのままの情景です。
    猿丸太夫と自分が同じ景色を共有しているような、和歌の意味を体感し理解できたのは
    初めてのことでした。

    近所の方によると集落から数百メートル山に入った所にある池に下りてきているようです。
    今のところ農作物への被害はないようです。イノシシの足跡も道路にありますが
    こちらも畑を荒らしていません。
    鹿を車で轢いた話は数件聞いています・・・

    六甲山の北側、ベットタウンから少し離れた田舎の話です。

    • 百々爺 のコメント:

      実感のこもったコメント、ありがとうございます。

      「キュイーン、キュイーン」でしたか。秋たけなわ、紅葉も進み肌寒くなってきてなんとなく物悲しさを感じる。そんな折り、鹿の声が聞こえてきましたか。正に猿丸大夫になった気分だったことでしょう。

       →鹿害ですっかりイメージの悪くなった鹿ですが、奥山で声を聞かせてくれるくらいにしてイメージ回復に努めて欲しいものです。

      またコメントしてください。

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